政策の終わり

政策の終わりは、
虚しさばかり、、、か (× ×)#
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時空を超える政策はない。
分かってはいるのだが (‥;)

政策が効果を発揮してない場合、
まず議員が指摘する。
本質的な指摘と、
与党攻撃のための指摘。
この際、自己顕示欲は肯定したい。

政策が行き詰まりを見せると、
指摘を受けた政策の推進機関は、
結果を出そうとする。

しかし、本来、なすべきことが、
定性的より定量的、
アウトプットよりアウトカムなんて、
一見すると正しいような、
当たり前の話にすり替えられる。

そうなると、本質より即効性、
原因療法ではなく対症療法だけにシフトする。
「逃げ出すことしか考えていない」ように見える。
後やることは「勝ち馬に乗る」だけ。

弱者のみならず、
試行錯誤して進もうとするところさえも、
全て切り捨てていき、
原因は「政策対象にある」とだけいう。
責任が「政策立案者にある」とは決して言わない (-.-)#

私自身、完全に無力だ。
所詮は負け犬の遠吠えに過ぎない。
圧倒的な力を持った賢者が、
知り動いてくれることを祈る他ない。

とりあえず、自分を見失わない。
これしかないことが、また虚しさを増すのだ。

SYSTEMの一部であることに疑問はないが、
皆、不可欠なパーツでないことを思い知らされる。

PS
これが何の話かは、後半年ぐらいで分かる。
それまで何も言えない...